Rich Heartプロジェクト沖縄が“探究”していること

このページでは「RichHeartプロジェクト沖縄」が探究していることについて、より詳しくご説明します。

私たちは、簡潔に言うと「沖縄の貧困」といわれる課題について、様々な立場の方と対話を重ねながら思考を深めていく活動をしています。


「沖縄の貧困」といわれるものには、このようなデータがあります。

そもそも、沖縄は「貧困」なのか


出典:「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」

沖縄の子どもの3人に一人が貧困といわれるなど(参考:内閣府「沖縄の子供の貧困に関する現状と取り組み)、沖縄には貧困の連鎖を生むような不名誉な数字が多くあります。

しかし、日常の生活の中で、子ども達の3人に一人が「貧困」であると実感する機会は意外と多くない、と思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。

貧困には「絶対的貧困」と「相対的貧困」の大きく2つに分けて説明されることがありますが、上記の数字にあらわれる「相対的貧困」は「絶対的貧困」と比べて分かりづらい(みえづらい)ことが、そう感じる要因の一つとして挙げられます。

絶対的貧困、相対的貧困とは

絶対的貧困とは、命を維持するための衣食住もままならず、最低限の生活をすることさえできない貧困のことだと定義されています。

例えば、飢餓に苦しんだり、病気などのために治療が必要だったとしてもそれを受けることのできない、何らかの理由で住むところがない、といった子どもたちが該当します。

絶対的貧困は端から見ても理解しやすく、どんな支援を行えばいいかが分かりやすい側面があります。

じゃあ、相対的貧困とは何なの?

一方で、子どもが生活している国や地域において大多数より貧しい状態を相対的貧困と言います。

日本では、等価可処分所得(いわゆる手取り収入を世帯人員の平方根で割って調整した所得)中央値の半分の額を「貧困線」と定めていて、貧困線を下回る等価可処分所得しか得られていない世帯のことを「相対的貧困層」と定義づけしています。

絶対的貧困とは違い、飢餓などまで陥ることはないものの、世帯の収入が低いため、一般家庭の子どもと同じ程度の食事の数が摂れなかったり、義務教育以上は受けられないということがあります。

命を脅かすまでの貧困ではない場合も多いので、周りが気付きにくく、自分が「相対的貧困層」だと特に自覚をしていないケースも多いでしょう。そして、冒頭の「沖縄の子どもの3人に一人は貧困」という統計における「貧困」とは、この「相対的貧困」をさしています。

Rich Heartプロジェクトが探究していること

沖縄は「貧困」「貧困」と叫ばれていますが、その多くは絶対的貧困ではなく相対的貧困をさしています。ここで、ふと疑問が浮かびました。

沖縄は果たして本当に「貧困」なのだろうか。
周りや環境と比べて貧困であることが、そもそも問題なのだろうか。
お金があれば豊かで幸せなの?

逆に自覚していなかった「貧困」というレッテルを貼られることで苦しくなり、生きづらくなる人もいるのではないだろうか。

何よりも「貧困」と一言でまとめられることで、本当に困っていることが見えにくくなってはいないだろうか。
貧困と言われているものを掘り下げていくと「困りごと」に細分化されるはず。

「貧困」の解決策は漠然としていて想像がつかないけれど、一つひとつの具体的な「困りごと」であれば手当をすることができます。

育ってきた環境や感情をシェアし対話を重ねることで、細分化された困りごとをあぶりだし、実体を伴った「真の沖縄の貧困」を理解できたとき、それは対策可能な課題となり、「沖縄の貧困」という言葉がなくなる未来がくるかもしれません。

貧困という、分かるようで分からない言葉を探究しよう。探究の先に、「貧困」と言われるものに対する本質的な課題と解決の糸口が見つかると信じて。

Rich Heartプロジェクト沖縄は、そのような仮説を持ち活動しています。